自殺の危機に対処するためのスマートフォンアプリの開発と検証

今やスマートフォン(以下:スマホ)は人々にとって欠かせないツールです。平成29年通信利用動向調査(総務省,2018)によれば、スマホは固定電話やパソコンよりも各世帯に普及しており、個人の6割が保有しているそうです。

そんなスマホが近年、自殺を防ぐ戦略に活用され始めています。その中の一つが、スマホのアプリケーション(以下:アプリ)を利用した自殺予防です。今日はアプリを使った自殺予防について研究した論文を紹介します。

今日の論文

BackUp: Development and evaluation of a smart-phone application for coping with suicidal crises Pauwels K, Aerts S, Muijzers E, De Jaegere E, van Heeringen K, Portzky G. (2017) PLosONE 12(6): e0178144. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0178144

論文を3行で説明!

ベルギーの研究チームが、BackUpと呼ばれる自殺予防のアプリを開発しました。

自殺の危機に陥ったときに、ユーザーが自分で問題に対処したり、助けを求めたりすることをサポートするアプリです。

専門家もユーザーも、BackUpは自殺予防に効果があると評価しました。

研究の詳細な内容

これは、ベルギーのフランダース(Flanders)で、パウエル氏らのチームが行なった研究です。

まずはフランダースの状況を見ておきましょう。

フランダースの自殺率(人口10万人あたり自殺で亡くなる人の数)は23.6とのことですが、これはどんなものでしょうか。日本の自殺率は、今でこそ全体で20を切るほどになりました(2017年は16.8)が、年間自殺者数が3万人を超えていた1998~2012年は全体の自殺率が大体24.0でした。その頃の日本と同水準だと考えると分かりやすいかもしれません。また、フランダース地方は隣国と比較して、精神的な問題や自殺したい気持ちを専門家に相談する抵抗感や偏見の強い地域だそうです。このあたりも何となく日本と似ていますね。

さて、彼らがやったことはシンプルです。”BackUp”というアプリを開発して、自殺予防に効果があるかどうかを調べました。

アプリの開発

まず彼らは、文献や既存の自殺予防アプリを調べて、以下の4つのツールをつくりました。

My BackUps

自殺の危機に陥ったときに、ユーザーがソーシャルネットワークにつながるためのツール。ユーザーの家族や友人と連絡をとれたり、専門家にすぐに電話ができたりする。ソーシャルネットワーク(Social Network)とは簡単に言うと、ある個人が持つ、個人や集団とのつながりのことで、自殺を防ぐ要因の一つだと言われている。

BackUp Box

ユーザーに”希望”の要素を集める方法を提供して、生きる理由につなげようとするツール。ここで言う希望の要素とは、例えば音楽、名言や詩、絵、記憶、活動など。認知行動療法と呼ばれる心理療法でも使われている戦略であり、これをバーチャルで提供することで”絶望”に対抗することを目指す。

BackUp Cards

ストレスや問題状況の対処(コーピング)を手伝うツール。ストレスを感じているときの状況や自分の考え方、気持ちを書き込んで整理することで、ストレスや問題状況を乗り越えることをサポートする。

My BackUp Plan

ユーザーが個人の自殺のサインに気づき、自殺リスクを低くするための対処をし、家族や友人に接触し、適切な専門家につなげ、安全な環境をつくることを助けるためのツール。

ユーザーに使ってもらって効果を調べた

さて、制作したアプリを(1)専門家(2)自殺したい気持ちを持つユーザーに使ってもらい、その効果を評価しました。

(1)専門家

まずは精神科医、心理学者など8人の専門家にアプリを評価してもらいました。専門家は、アプリは自殺予防に有効で、特にMy BackUp PlanとBackUp Boxはポテンシャルが高い!という評価をしました。

(2)自殺したい気持ちを持つユーザー

次は18歳以上の一般ユーザー21人(女性16人、男性5人)にアプリを使ってもらいました。彼らはFacebookの広告から集められたメンバーです。アプリを使う前に、Beckの自殺念慮尺度(Beck Scale for Suicidal Ideation; BSS)というアンケートを使って、自殺したい気持ちを持っていると確認されたユーザーでした。

彼らは、特に使用頻度の条件を与えられず、1週間アプリを使うように言われました。その後、再びBSSで彼らの自殺したい気持ちを確認したところ、わずかにスコアが減少していたことが分かりました。(ただしこの結果を統計的に解析すると、「このアプリを使えば確実に自殺したい気持ちが減少します」と言うのは難しい結果でした。)

他にも、次のことが分かりました。

  • 20人(95%)の参加者が少なくとも1回以上、16人は複数回アプリを使った
  • 自殺したい気持ちの強いユーザー6人は全員が、複数回アプリを使った
  • 14人(70%)は、日常的にアプリを使うと答えた
  • 4人(20%)は、アプリが自殺したい気持ちに対処することを助けるとは思えないと答えた
  • 全員が1つのツールを少なくとも肯定的に評価した

研究のまとめ

アプリのツールは手軽に使うことができるので、日々の精神的健康の管理に利用できます。また、スマートフォン自体が連絡手段であることから、いざというときにサポートを得るための有効なツールとして使えます。このBackUpというアプリは、総合的に自殺予防に有効に機能するという結論でした。

Youtubeに紹介動画もあります。

 

ライターから一言

“suicide”で検索したら、海外の自殺予防を目的としたアプリが割とたくさん出てきて驚きました。日本ではここまで総合的なアプリは見たことがないですが、メンタルヘルスを目的としたアプリは結構ありますよね。今後、総合的な機能を持つ自殺予防アプリが出来たら、効果検証の研究をやってみたいですね。(ライター:CP)

Abstract 翻訳

背景 Background

自殺は公衆衛生上の大きな問題で、多くの人々の命に大きな影響を与える。スマートフォンのような革新的なテクノロジーは、自殺予防の新たな可能性を生み出した。例えば、自殺したい気持ちがある人が、援助要請(助けを求めること)の抵抗感やスティグマ(偏見や差別意識)を乗り越えやすくなった。スマートフォンは広く普及しており、そのアプリケーション(以下:アプリ)は非常に素早く自殺予防ツールを提供することができる。アプリは簡単にアクセスでき、敷居が低い。また、自殺の当事者が経験するいくつかの援助要請のスティグマを克服することを助ける。この論文では、自殺の危機に対処するためのモバイル・アプリ”BackUp”の開発と試行について述べる。

方法 Methods

文献と既存の自殺予防アプリを分析し、自殺予防アプリに含めるものとしていくつかの方法を選んだ。選んだ方法(安全計画ツール:a safety planning tool、希望の箱:a hope box、コーピングカード:a coping cards module, アウトリーチ:a module to reach out)は対面で行なう支援の文脈に基づいた科学的根拠があり、モバイルアプリに簡単に置き換えることができた。既存のアプリと文献調査は、アプリの技術開発のための重要なガイドラインを明らかにした。

結果 Results

BackUpは、専門家(n=9)と一般ユーザー(n=21)が利用した。専門家も一般ユーザーも、BackUpは自殺予防に価値があると評価した。一般ユーザーはBackUpの使用前後に自殺したい気持ちをBeck自殺念慮尺度によって測った。使用後の自殺したい気持ちはわずかに減少したが、統計的に有意な減少ではなかった。一般ユーザーの大半はBackUpを複数回使用した。BackUpのすべてのツールが、自殺の危機に陥ったときに、どちらかといえばあるいはとても有用であると評価された。

結論 Conclusion

BackUpは肯定的に評価され、自分を助けるためのツールが自殺したい気持ちに肯定的な影響を与えるということを示した。特にアプリは、伝統的な介入方法が届かない人にアプローチする機会を生み出し、自殺予防以外の普段のケアにも役立つ。ただ、自殺予防アプリの影響や効果を調べるためには、より多くの研究が必要である。

 (太刀川先生がベルギーにて撮った写真)