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パニック障害とは、心臓疾患などの体の病気がないにもかかわらず、予期できないパニック発作が起きる障害です。パニック発作とは、以下のような症状が突然に出現することです。
・ 動悸
・ 発汗
・ 震え
・ 息苦しさ
・ 窒息感
・ 胸痛、胸部不快感
・ 嘔気、腹部不快感
・ めまい、ふらつき
・ 現実感の消失、離人症状
・ 自己制御を失うこと、または気がおかしくなることへの恐怖
・ 死の恐怖
・ 異常感覚
・ 冷感または熱感
パニック発作自体は人によってはまれに体験されることがあり、一般人口の約15%が一生に一度は経験すると言われています。パニック障害を持つ人は、パニック発作に加え、少なくとも1ヶ月間、再びパニック発作が起きるのではないかと心配したり、発作の結果起こるかもしれない出来事を心配したりします。このような心配は予期不安といわれ、社会的な機能低下を招きます。
パニック障害には広場恐怖を伴う場合が多く認められます。広場恐怖とは、そこから逃れられないような場所、状況に置かれることへの不安のため、そういった場所などを避けてしまうか、その場で苦しんでしまうことを言います。
パニック発作は始まると10分ほどで急速に症状が悪くなることが多く、恐怖や死・破滅の感覚が出現します。上述したような身体症状も出現し、どうしていいかわからず、混乱してしまうこともあるでしょう。こういった発作は、通常20~30分続きますが、1時間以上続くことはまれで、さらに言えば、死の恐怖にさらされてはいても、実際に死んでしまうようなことはありません。
治療としては、SSRIと呼ばれる抗うつ薬や、抗不安薬(ベンゾジアゼピン系薬物)などを用いた薬物療法が有効といわれており、症状に応じて他の抗うつ薬なども使用されることもあります。薬物療法以外の治療法としては、認知行動療法があり、単独で用いられることもあれば、薬物療法と併用されることもあります。
統合失調症の特徴的な症状としては、そのようなことが実際にはないのに現実のように感じてしまう幻覚と、ほとんどの人がありえないと考えることにもかかわらず確信してしまう妄想があります。これらは陽性症状と呼ばれますが、この他に陰性症状と呼ばれる症状も多くの方にみられます。
陽性症状としては…
幻聴:声が聞こえてきたり、何かの音が聞こえてきたりします。話しかけてくるようなものもあります。
幻視:あるはずのない物が見えたりします。
思考伝播:自分の考えが周囲の人に伝わってしまっているように感じます。
思考吹入:周囲の人の考えが頭の中に入ってくるように感じます。思考伝播や思考吹入を「テレパシー」と表現する方もいます。
被害妄想:何か悪いことをされる、悪いことが起こるに違いない、という考えです。
注察妄想:絶えず見張られているような、見られているような感じです。
連合弛緩:話しのまとまりがなく、会話も成立しないことがあります。
などがあり、
陰性症状としては…
感情鈍麻:喜怒哀楽といった感情が沸き起こりにくくなる状態です。
無為、自閉:引きこもりがちとなって、特に何をするでもなく過ごしている状態です。
などがあります。
これらの症状、特に患者さんをわずらわせることの多い陽性症状に対しては、抗精神病薬といわれるおくすりでの治療が有効です。最近では、非定型(第2世代)抗精神病薬とよばれる、従来のくすりに比べて副作用の少ないものも使われるようになってきています。副作用の主なものとしては、眠気、立ちくらみ、肝障害や、呂律が回りにくくなったり、手が震えたり、などがあります。副作用が強くて内服が出来ないような場合には、主治医と相談しながらおくすりを調節してもらいましょう。また、こういったおくすりは、継続して内服していただくことが重要です。突然内服を止めたりすると、悪性症候群と呼ばれるような重篤な副作用を引き起こしやすくなりますので、おくすりの減量、調整は、必ず主治医と相談してからにしてください。
くよくよとしてしまって気分が晴れない、今まで楽しかったことがつまらなく感じてしまう。細かいことが気になってしまって頭から離れない。やめたいと思っていることがどうしてもやめられない。わけもなく急に不安になってしまっていてもたってもいられない。何だか世の中が不穏な感じがして安心できない。心の内を見透かされてしまってどうしたらいいかわからないなど・・。
たくさんの人がいろいろな悩みを抱えて精神科や心療内科の門を叩きます。悩みはいろいろですが、共通しているのは、ものごとの価値や自分の行動を適切に判断する力が弱まり、社会で生きていく上でな不都合が生じている状態であり、こういう状態が長く続くようでしたら「こころが不健康な状態」と呼んでもいいでしょう。
このような状態は、脳の病気(精神疾患)による場合もあれば、その人の性格と環境とのすれ違いから起こる場合もあります。手に負えないようなトラブルを抱えたような時には、一時的にこのような状態に陥ってしまっても何の不思議もありません。また、こころの健康というものはその人の生き方と深い関係があり、姿形や人生が人それぞれであるように幅がありものです。さらにこころの健康と不健康の間には、連続的な移行領域(グレーゾーン)があります。ですからここから健康、そうでなければ不健康と考えたり、こころの不健康=こころの病気と考えたりするように単純にはわけられないものです。
ところで、こうした「こころの不健康」の一歩手前の状態については、どうやってそれを定義づけるか、範囲をどこまでとるか、ということが難しいため、現在では予防対策や治療を行うことはほとんどありません。悩みがあってもどうしたらいいかわからない。誰に相談したらいいのか判らない。たとえ相談ができても、相談された側もどうしたらいいかわからない。その結果悩みが重くなって、本当に「こころが不健康」になってはじめて医療機関を訪れることが普通でした。こころに悩みやストレスを抱えていて全く健康とは言い切れない、でも「不健康」と言い切ったり、今すぐ医者にかからなくちゃいけない程ではない、どうしたらいいだろう。私たちはそういった方々に何かできないかと考えてこのサイトを始めました。
あなたのこころは、今、元気ですか? たとえもしそうでなくて自分は普通の人生が送れていない、と思ってしまっても「こころの病気」であると決めつけるのは少し待って下さい。いろいろなストレスで参っている時に、「自分は健康ではない」とか「自分はこころの病気である」と考えてご自分のことをすぐに責めるのはやめましょう。
生きていること、それだけで私たちは次の可能性に窓を開いています。それを忘れないで下さい。
ここで「愛する」とは、単にあなたが誰かのことを想い「愛する」ことだけをいうのではなく、相手の人格を認め、意向を尊重し、お互いに何かを交換しあえるような関係にある、ということでしょう。一方的だったり、相手に甘えて頼り切る「愛」ではなく、時にはお互いに一人になる時間を作っても壊れない関係のことです。
また「働く」ということも注意が必要です。何かの症状があるのに「症状をなくすために」働こうとする方がいます。「症状をなくすため」でなく、「症状がなくなったから」働けるようになるというのが本当でしょう。「家族を養うため」とか「自己実現のため」など「働く」理由は様々ですが、病気からの逃避とは違う、実生活に根ざした目的があることが大切です。
フロイトと同じ時代に活躍した精神科医フランクルは、こころの健康の条件として「苦悩する自由」をあげています。つまり「普通に」悩むことができるかどうか、ということです。
ある種の症状を抱えてしまうと、人は「普通に」悩むことができなくなります。たとえば「視線恐怖」という症状のある人は「自分は人に変な目つきをしていると思われていないだろうか」ということを悩んでしまいます。これは「学校で友人と喧嘩した、仲直りできるだろうか」とか「会社で上司に叱られた、失敗した仕事の後始末をきちんとできるだろうか」などといった、誰にでもある普通の悩みとは違います。「症状の悩み」で頭が一杯になり、「普通の悩み」がどこかにいってしまいます。
ときどき患者さんから「こころの病気が治ったらどうなりますか?」と質問されることがあります。「こころの病気が治ったらどうなると思いますか」と逆にお尋ねすると、「何も悩まなくなる」と答える方がいます。でも「何も悩まなくなる状態」というのは、それこそ悟りを開いた聖人のような人でなければたどり着けない境地でしょう。むしろ実生活の中で普通の悩みを抱えながら、ときにまわりの人の助けを借りてそれを解決し、自分を高めていけるような生活に戻ること、それが「治った」状態といえるのではないでしょうか。
「こころが健康な状態」とは、おおまかに
・眠ろうと思えば眠れていること
・食欲があること
・リラックスできる時間をもてること
だと言われますが、フロイトやフランクルの言うように
・人を信頼し、愛せること
・目的をもって働けること
・実生活の中で悩めること
も大切な要素です。
